第1回指名投票
立候補者はこの物語の主人公北条氏康他、徳川家康、上杉謙信、毛利元就の4名である。氏康は最大派閥を有する徳川に次ぐ勢力を持つが大きく及ばない。上杉にしろ毛利にしろ特定の強力な支持層をもつが数は少ない。したがって一回目の投票で徳川に過半数を取らせない、これが氏康が内閣総理大臣になるための第一条件である。
事前の票読みでは徳川過半数の可能性はかなり高かったが、氏康は徳川に近い今川義元、浮動票を多く有する武田信玄を取り込むことに成功している。所謂、甲相駿三国同盟である。自身が過半数を取ることは無理にせよ、徳川の過半数は阻止できるだろうというのが氏康の読みである。
そして開票結果を議長が読み上げる。「徳川家康君226票」この瞬間、議員たちの小さな、しかし確かな「おおっ」という声が挙がり、議場はかすかに揺れた…ように氏康は感じた。「上杉謙信君32票」、「北条氏康君168票」、毛利…。ひとまず第一の関門は突破した、「次が本番」とかすかに揺れる議場で氏康は独りごちた。
前日 毛利元就との密会
第2回指名投票は徳川家康との一騎打ちである。如何に落選した上杉と毛利を味方につけられるか、そして可能な限り徳川から一票でも削るか。上杉に関しては氏康はすでに手を打っている。上杉派の有力者、国峰小幡、花園藤田、深谷上杉などとは第2回投票になった場合は氏康に投票する密約がなっている。
問題は毛利である。徳川も毛利からの票を狙って動いているはずである。毛利勢に個別に当たる時間はない、そう判断した氏康は昨日、秘密裏に直接の会見を毛利元就に申し込んだ。意外にもすんなりと毛利元就は会見を受け入れたが、実際にあったときの表情は苦々しいものであった。
「毛利派の票を…とのお願いですな」
何を当たり前のことを言っているのだと氏康は思ったが、気を持ち直した。相手にしているのは下剋上をその手腕で成し遂げてきた毛利元就その人なのだから。
「徳川殿よりも私、氏康のほうが毛利殿に教えを乞わなければならぬ点が多いと思いまして。」
「徳川殿も同じようなことを申されておったが…」
長々と話す時間はない。氏康は切り札を出すことにした。毛利陣営の小早川が第一回投票で徳川に寝返り投票することを氏康は掴んでいた。
「とはいえ、第一回投票で過半数を狙って毛利殿の陣営を切り崩しにかかっているのは徳川殿ですぞ。」
毛利元就はやや態とらしく驚いた顔をして
「さすがは北条殿。良い秘書をお持ちのようで。確か風間とか…。」
他陣営の秘書のことまで調べている毛利元就の老獪さを改めて思いつつ氏康は切り出した。老獪さには率直さで対抗する。
「小早川殿のことも含めてですが、毛利殿のお力をお借りしたくお願いする次第。」
「何も約束はいたしません。これは徳川殿にも言ったことですが。」
「そうですか分かりました。」
氏康は立って毛利元就の部屋を出ようと、戸に手をかけたとき
「北条殿はお酒を召し上がりますかな?」
とやや唐突な言葉を毛利元就はかけてきた。
「…よく飲みます、が夜は飲みすぎるので朝に飲むことにしております。」
「なんと朝に、珍しい身体への気遣いですな。しかしお好きなら明日はお飲みになるのでしょう、このあとどうあれ。ははっ。」
つられて氏政も笑いながら
「失礼します」
と言って部屋を出た。確実なものは何もないが毛利元就は味方をしてくれる…その確信を氏康は持った。
第2回指名投票
二回目の投票が始まった。一人一人投票をしていく。無表情なもの…これがほとんどだが、徳川家康は投票時に軽く議場と議長に向けて鷹揚な笑みを浮かべながら会釈をした。氏康は自分は一体どんな顔をしていたか…覚えていなかった。上杉謙信は強張った無表情、毛利元就はゆったりとした表情に見えた。そして全員の投票が終わり開票。
議長が開票結果を読み上げる。
「徳川家康君 221票」
その瞬間、「ええっ」とも「おおっ」ともつかないどよめきが議場を包んだ。第一回投票よりも票が少ないのである。氏政は事情を察した。毛利元就が小早川派に圧力をかけたのだろう。そもそも主筋である毛利を裏切り、第一回は徳川に投票するとしても、第二回は許さん…と。
「静粛に」
議長が議場に声をかけ、続けて
「北条氏康君 224票、無効票20票」
と結果を読み上げ
「本投票結果により北条氏康君を内閣総理大臣に指名することとする。」
と宣言した。
氏康は起立し、拍手とどよめきがやまない議場の四方八方に向けて頭を下げた。その一方に自席に傲然憮然と座っている徳川家康の姿を認めた瞬間、かすかな勝利感とともにより深く頭を下げたのである。
この物語はもちろんフィクションです